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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1592号 判決

原告 浜田幾子

被告 伊藤淳司 外一名

主文

被告佐々木喬は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和三十年三月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告伊藤淳司に対する請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担としその余は被告佐々木喬の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し各自金三十万円及びこれに対する昭和三十年三月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告等はいずれも東京都知事の免許を受け不動産仲介業を営む者であるが、原告は昭和二十九年十一月十七日被告佐々木に対し土地賃借の仲介方を委託したところ、同人はこれを承諾した。しかして原告は同年十一月二十日被告佐々木の仲介により、被告伊藤が土地所有者訴外尾関謙一郎なりとして伴つて来た者に対し東京都杉並区高円寺三丁目二百六十九番の四宅地六十四坪一合二勺を、家屋建築の目的で、借地期間満三十年、賃料坪当り月金十円と定め、権利金四十八万円は、手附金として即日金五万円、同月二十二日金二十五万円、同年十二月十五日金十万円、残額金八万円を昭和三十年一月から毎月末日限り金一万円宛八月末日までに支払うことと定めて借り受ける契約を為し、原告は、尾関と称する者が前記土地の所有者であるとの被告両名の言を信じ、右約旨にもとずき、右尾関と称する者に昭和二十九年十一月二十日金五万円、次いで同月二十二日金二十五万円を各支払つた。しかるに、右尾関謙一郎と称していた者は、実は前記土地の所有者たる尾関謙一郎ではなく、尾関謙一郎の氏名を詐称していた者で右賃貸借契約に基く債務を履行することができず、原告は前記土地を現実に賃借使用することができなかつた。従つて、先に支払つた権利金三十万は尾関と称する者に詐取されたことになり、結局原告の支払つた右権利金三十万円は原告の損害に帰した。しかして、被告等が原告に前記土地を仲介するに当つては、尾関と称する者に対し単に登記簿謄本及び尾関謙一郎名義の記録証明書の提示を求めたのみで他に右土地の登記済証尾関謙一郎の住民登録票等の提示を求めなかつたのみか、右土地に対する支配の実情、地主と称する者の生活状態等を調査しなかつたため、右印鑑証明書の偽造なること、ひいては尾関と称する者が真の土地所有者でないことが発見できず、原告をして真の土地所有者でない者と前記の如き契約締結をせしめるに至つたもので、これは明らかに被告等の過失である。しかして被告佐々木は原告の委任を受けたものであるから善良なる管理者の注意義務をもつてその事務を処理すべきことは当然であるが、被告伊藤と雖も前記土地を被告佐々木に紹介し、次いで、前記契約締結に当つては、その契約書立会人として署名捺印し且つ原告に対し、尾関と称する者が右土地の所有者にまちがいないと述べている以上、被告佐々木と同様の注意義務を負担すべきものである。しかして、不動産取引の仲介につき東京都知事の免許を受けた専門業者たる被告等が前記土地の賃貸借を仲介した以上、通常人たる原告が、取引の相手方は真の土地所有者であつて同人から前記土地を賃借し得るものと信ずるのは当然であるから右過失と原告の前記損害との間には相当因果関係がある。よつて原告は被告等に対し、各自金三十万円及びこれに対する訴状送達の後たる昭和三十年三月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」と陳述し、被告佐々木の主張事実中、過失相殺の主張を否認する、と述べた。

被告伊藤訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告伊藤が東京都知事の免許を受けた不動産仲介業者であること、原告主張の日に、原告と尾関謙一郎と称する者との間に、原告主張の賃貸借契約が締結されたこと、被告伊藤が右契約に立会い、その契約書に署名捺印したこと、しかして、右契約にもとずき原告が権利金合計金三十万円を尾関と称する者に支払つたこと、しかるに尾関と称していた者は真の土地所有者たる尾関ではなく、その氏名を詐称していたものであることは認める。原告が尾関と称する者との間に賃貸借契約を為した土地につき、これを現実に賃借使用することができなかつたこと、被告伊藤が原告に対し、尾関と称する者が右土地の所有者にまちがいないと述べたこと、被告伊藤に原告主張の如き注意義務があるとの点は争う。即ち、前記土地の所有者たる尾関謙一郎は既に昭和二十二年七月十三日山形市において死亡しており、右土地は前記契約締結当時同人の相続人四人の共有である。しかして、尾関謙一郎の氏名を詐称した者が右相続人の一人として前記土地につき処分権を有する者であるとすれば、原告は前記土地を賃借使用し得ないとは限らない。従つて又その主張の如く金三十万円の損害を蒙ることもないと云わねばならぬ。次に、原告より前記土地の賃借方仲介の委任を受けたのは相被告佐々木であり、被告伊藤は右土地を相被告佐々木に紹介したにすぎない。従つて被告伊藤は前記土地の賃貸借については原告と法律上無関係であり、原告に対し何等の義務を負担しないものである。又被告伊藤が前記土地の賃貸借契約に立会つたのみでは何等の義務をも負担するものではない。仮に、被告伊藤に注意義務があるとしても、原告主張のような過失があつたことは争う。即ち、被告伊藤は昭和二十九年十月十六日尾関と称する者より前記土地賃貸方仲介の依頼を受けたので、同人の供述にもとずき、右土地の現場を検分し、同人の供述どおりの土地の実在すること及びそれが空地であることを確認すると共に、東京都杉並税務事務所及び東京法務局杉並出張所において右土地が公簿上登載されていること及び、権利の欠缺なきことを確かめ、更に尾関と称する者がその供述した住所に定住することを確認した。しかして、右調査の結果より右土地は賃貸に支障なきものと考えていたところ、同業者たる被告佐々木より、土地賃借の希望者のあることを関知したので、被告佐々木と尾関と称する者とを面接せしめた。その際尾関と称する者は前記土地の登記簿謄本、図面及び東京都杉並区長発行に係る同人名義の印鑑証明書、某会社発行に係る同人名義の身分証明書を示したので、被告伊藤は尾関と称する者が右土地の真の所有者なりと判断し、被告佐々木に右土地の仲介方を一任したのである。従つて被告伊藤は尾関と称する者が右土地の真の所有者であるか否かについては相当の注意義務を尽しており、原告主張の如き過失はない。仮に、被告伊藤に過失があるとするも被告伊藤の過失と原告の損害との間には被告佐々木の行為が介在し、因果関係の中断があるから被告伊藤は原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がないと述べた。

被告佐々木訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告佐々木が東京都知事の免許を受けた不動産仲介業者であること、被告佐々木が原告より土地賃借の仲介を委託されこれを承諾したこと、しかして、昭和二十九年十一月二十日原告にその主張の土地を仲介し同日原告と尾関と称する者との間において、原告主張の賃貸借契約が締結されたこと、しかして、原告は右契約にもとずき、その主張の日に権利金合計金三十万円を尾関と称する者に支払つたこと、しかるに、後日判明したところによれば、右尾関と称する者は真の土地所有者尾関謙一郎ではなく、その氏名を詐称していた者であることは認める。被告佐々木が右土地を原告に仲介するに際し、原告主張の如き過失があつたことは争う。即ち、前記土地は被告佐々木が相被告伊藤より紹介されていたものであるが、たまたま原告より土地賃借の仲介方委託を受けたので、被告佐々木は右土地を原告に仲介すべく、原告を伴い右土地の現場を検分したところ、原告は右土地の賃借を希望した。そこで被告佐々木は右土地につき東京都杉並税務事務所及び東京法務局杉並出張所において土地台帳及び登記簿を閲覧調査したところ、右土地には担保権の設定その他賃借の障害となる瑕疵のないことが認められたのでこの旨原告に通知すると共に、他方被告伊藤を介して地主に面接したき旨申し入れた。しかして、昭和二十九年十一月二十日被告佐々木は、被告伊藤同席の上、右土地の所有者尾関と称する者と面接した。しかして、その際尾関と称する者は、右土地の登記簿謄本及び図面、並びに東京都杉並区長発行に係る同人名義の印鑑証明書及び東亜石油株引会社発行の同人名義の身分証明書を提示したので、この者が尾関謙一郎なりと信じた。よつて、即日原告と右尾関と称する者との間に原告主張の如き賃貸借契約を締結せしめた次第である。しかるに、後日尾関と称する者は右土地の真の所有者たる尾関ではなく、その氏名を詐称した者であることが判明し、このため原告はその主張の如き損害を蒙ることになつた。しかし被告佐々木は前述の如く右土地につき賃借権を設定するにつき障害となる瑕疵の存否は勿論、右尾関と称する者が真の土地所有者であるか否かについては相当の注意をもつて、これを調査したものである。しかして、不動産仲介業者は印鑑証明書により本人を確かめもつて取引をするものであるから、本人の確認のため他に住民登録票や登記済証、土地支配の実状まで調査する義務はない。従つて、これが調査をしなかつたため、右印鑑証明書の偽造であることが発見できず、ひいては、原告をして、土地所有者でない者と賃貸借契約を締結せしめ、もつて損害を蒙らしめるに至つたとしても、被告佐々木には善良なる管理者としての注意義務に欠けるところはなく、原告の蒙つた損害を賠償すべき義務はない。仮に、被告佐々木に過失があつたとしても、原告自身も相手方たる賃貸人につき調査をしなかつたのは不注意の譏を免れ得ない。従つて、損害額の算定に当つては、よろしく過失相殺をなすべきである、と抗争した。〈立証省略〉

理由

被告等がいずれも東京都知事の免許を受けた不動産仲介業者であること、原告が被告佐々木に土地賃借方仲介の委託をしたこと、しかして、原告は昭和二十九年十一月二十日、被告佐々木の仲介により、被告伊藤が土地所有者尾関謙一郎なりとして伴つて来た者に対し、東京都杉並区高円寺三丁目二百六十九番の四宅地六十四坪一合二勺を、家屋建築の目的で借地期間満三十年、賃料坪当り月金十円、権利金四十八万円は手附金として即日金五万円、同月二十二日金二十五万円、同年十二月十五日金十万円を各支払い、残額金八万円は昭和三十年一月から毎月末限り金一万円宛八月末日までに支払うことと定めて借り受ける契約を為したこと、右契約の締結に当つては被告両名が立会い、被告伊藤が右契約書に署名捺印したこと、しかして、原告は右約旨にもとずき、尾関と称する者に昭和二十九年十一月二十日金五万円、次いで同月二十二日金二十五万円を各支払つたこと、しかるに、尾関と称する者は、右土地の所有者たる尾関謙一郎ではなく、その氏名を詐称していた者であることは当事者間に争がなく成立に争のない乙第一号証、証人平野清、同尾関彌一郎の各証言を綜合すれば、前記土地の所有者たる尾関謙一郎は昭和二十二年七月十二日死亡し、右土地は同人の相続人たる尾関彌一郎外四名が相続によつてこれを取得し、以後尾関彌一郎外四名の共有になつていること、しかして尾関彌一郎が右土地を管理していること、尾関謙一郎の氏名を詐称した者は平野清であり、同人は尾関謙一郎とは何等の身分関係なく、右土地の相続人でないことは勿論右土地につき所有者から賃貸等の処分権を与えられたこともないことが認められる。平野清は計画的に詐欺を行つたこと後記認定のとおりであつて、原告が先に支払つた権利金三十万円は尾関の氏名を詐称した平野に詐取されたもので、同人は固より右土地につき、原告との間に締結した賃貸借契約に基く債務を履行することができず、原告は右土地を現実に賃借使用し得なかつたことは証人平野清の証言、原告本人の供述により明かであるから、結局、原告の支払つた右金三十万円は原告の損害に帰したものと云わねばならぬ。次に原告は右損害が被告佐々木の善良なる管理者の注意義務の懈怠にもとずき発生したものであると主張するので、この点につき考えてみると、証人平野清、同小岐須乙の、同藤井文子の各証言及び、原告、被告佐々木、同伊藤各本人尋問の結果と綜合すれば、平野は印鑑証明書等を偽造し、前記他人の土地を売却し、金員を詐取せんと企て先ず東京法務局杉並出張所において右土地の所有者が山形市在住の尾関謙一郎なることを確かめ、右土地の登記簿謄本の下附を受け、次いで、訴外某をして東京都杉並区長作成名義の尾関謙一郎に対する印鑑証明書を偽造せしめ、更に、右土地の周囲を杭で囲い、尾関謙一郎の所有なることを表示した上、右土地の所有者たる尾関を装い、被告伊藤に対し右土地の賃貸方仲介を申し込んだ。右申込にもとずき被告伊藤は、現場において右土地の境界線、私道等の調査をする一方、杉並税務事務所において、担保権賃借権等の設定がないことを確認した上、仲介に支障がないと考えられた同業者たる被告佐々木に紹介した。尚、被告伊藤は右土地の所有者につき、右土地の近隣に居住する訴外王某、同長谷川某に面接調査したが、尾関の氏名を詐称していた前記平野が地主であることについて格別の資料は得られなかつた。しかして被告佐々木は原告より土地賃借の仲介の委託を受けるや右土地を原告に仲介しようと原告を伴い、これを実地検分したところ、原告は右土地の賃借を希望するに至つた。そこで、被告佐々木は、東京法務局杉並出張所及び税務事務所において右土地に瑕疵のないことを確認すると共に、被告伊藤の紹介により同人も同席の上昭和二十九年十一月二十日土地所有者尾関の氏名を詐称していた平野と面接し、その土地所有者であるか否かにつき調査した。しかして、その際被告等は右平野から尾関謙一郎名義の印鑑証明書、勤務先会社の身分証明書(以上はいずれも偽造文書であつた)前記土地の登記簿謄本、図面の提示を受けたが、被告佐々木は尾関謙一郎が昭和二年に本件土地の所有権を取得した旨の登記簿の記載から推して同人を相当の年配と想像していたのに、予期に反し相手方は四十才位と見受けられたので相手方に向い代理人かと問いただしたところ、右土地は同人の父が同人のため同人名義で買受けたものである旨の返答であつたのでこれを信じ、前記書類にもとずき右平野を右土地所有者であると判断した。そこで被告等の仲介により同日、原告は右平野との間に前記の如き賃貸借契約を締結し、手附金五万円を同人に支払いその際被告等は契約書に立会人として署名捺印したことが認められる。およそ、不動産仲介業者が客の委託を受け、不動産賃借の仲介となすに当つては委託の趣旨に則り、善良な管理者の注意を以て仲介し賃貸借契約が支障なく履行されて委託者がその契約の目的を達し得るように配慮すべき義務があるものと解すべきであるから、賃貸人が当該不動産につき賃貸の権限を有するや否や、或は、当該不動産に瑕疵が存しないか否かについて周到なる調査義務があるものと言わねばならぬ。そして、所有者と称する賃貸人が果して当該土地の真の所有者であるか否かを調査するに当つては、先ず当該土地の登記簿謄本及び賃貸人の印鑑証明等の提示を求めると共に、当該土地を実地検分して土地支配の実情を調査し、もつてその真の所有者たることを確認すべきものであるが、当該土地所有者の住所の記載が登記簿謄本を印鑑証明書と異る時その他所有者の真偽につき些かでも不審の点がある場合は、特段の注意を払い住民登録票について調査する等の方法により更に当該土地の所有者を確認するにつき確実を期すべきものである。しかるに被告佐々木が原告より土地賃借の仲介の委託を受け、前記土地を仲介するに当り、土地所有者尾関と称する者より、登記簿謄本、図面、印鑑証明書、勤務先会社の身分証明書(本件の場合前記文書は登記簿謄本及び図面を除きいずれも偽造文書であるが、証人平野清、被告等各本人尋問の結果を綜合すれば、右偽造は極めて功妙であり容易に偽造の事実を発見し得ない状態にあつたと認められる。)の提示を受け、右土地取得の経緯に関する供述を聴取したことは前記のとおりであるが、成立に争のない甲第一号証、第四号証、第五号証の一、二及び原告被告佐々木各本人尋問の結果を綜合すれば、前記土地所有者尾関謙一郎の住所は登記簿上は山形市となつているのに印鑑証明書によると東京都杉並区にあり両者の記載に差異があることが認められ、又被告佐々木は前記のとおり登記簿の記載から推量した地主の年齢と地主と称する相手方の年齢との相違につき不審の念を抱いたにかかわらず、同人の言を軽信し、確実を期するため地主の住民登録票等について調査する等の処置に出なかつたこと、後日に至り同業者たる訴外和光土地より前記土地の所有者につき本籍地に照会したところ地主と称した者が真の所有者でないことが判明した由を聞知し、直に住民登録票について調査した結果始めて詐欺の事実を確認したことが認められる。かくの如く、被告佐々木は、慎重な調査を怠りながら平野を所有者尾関なりと妄断し原告に前記土地賃借の仲介をしたのであるから、不動産仲介業者として当然なすべき注意義務を怠つた過失があると云わねばならぬ。しかして原告は専門家たる不動産仲介業者が仲介する以上相手方が真に地主であると信じて本件契約を為したものであることは原告本人尋問の結果により明かであり、通常人がかく信じるのは当然であるから、原告の損害発生と被告佐々木の過失との間には相当因果関係があるものといわねばならない。次に被告佐々木は過失相殺の主張をなすが、通常人が不動産の取引を不動産仲介業者に委託するのは、手数料を支払うことによつてその専門の知識経験を利用し、これによつて過誤なき取引をしようとするためであるから原告が仮に前記賃貸借をなすに当り、仲介業者を信用し、賃貸人たる地主につき被告佐々木主張のように自ら調査をしなかつたとしてもこれをもつて原告に過失があるとは云い得ないから、被告佐々木の過失相殺の主張は理由がない。次に原告は被告伊藤も被告佐々木同様不動産仲介業者として用うべき注意義務を怠つた過失の譏を免れないと主張するのでこの点につき考えてみると、被告伊藤は土地所有者尾関の氏名を詐称した平野の仲介申し入れに応ずるためこれを被告佐々木に紹介したものであつて、被告伊藤は原告より何等仲介の委託を受けたものでないことは前認定のとおりであるから、被告伊藤は原告に対しては受託者としての善良なる管理者の注意義務を負担するものではないと謂わねばならぬ。又原告主張の如く被告伊藤が本件契約締結に当り、特に原告に対し、地主尾関と称する者を本件土地の所有者に相違ない旨述べた事実を認め得る証拠はないのみならずかかる事実があるとしてもそれだけでは未だ、被告伊藤において原告に対し受託者としての前記注意義務があるとは謂い得ない。もつとも成立に争のない甲第二号証の一証人平野清の証言によれば被告伊藤は、本件賃貸借契約締結に当り契約書に保証人として署名捺印していること、それは立会人の意味であることが認められ、本件取引に過誤がないことを保証する趣旨の下に為されたものと解されるけれども、被告伊藤は原告から何等仲介の委託を受けたものではないから、それはむしろ尾関の氏名を詐称した委託者に対する関係において為されたものと認めるのが相当である。右認定に反する原告、被告佐々木同伊藤各本人の供述は措信しない。従つて原告に対する関係において被告伊藤が被告佐々木と同様の注意義務を負うべき根拠はないものといわねばならない。そうだとすれば被告佐々木に対し金三十万円及びこれに対する訴状送達後たる昭和三十年三月十四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は正当であつてこれを認容すべきであるが、被告伊藤に対する原告の本訴請求は失当にしてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄)

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